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千葉地方裁判所 昭和55年(ワ)1043号 判決

原告

吉田秀一

ほか一名

被告

奈良清造

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金五五〇万円及び右金員に対する昭和五五年一二月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生

(一) 日時 昭和五五年四月二九日午前七時二〇分ころ

(二) 場所 千葉県船橋市金杉町一三一四

(三) 加害車両 普通乗用自動車(習志野五六た三五九八号以下「被告車」という。)

所有者兼運転者 被告

(四) 被害車両 第一種原動機付自転車(船橋市う一一五二号)

所有者兼運転者 吉田淳(以下「亡淳」という。)

(五) 事故の態様

亡淳は被害車両を運転して三咲町方面から高根町方面に向け、カーブになつていた本件事故現場付近を走行中、対向車線を制限速度(時速三〇キロメートル)を超過して進行してくる被告車を発見し、衝突の危険を感じて急ブレーキをかけたためハンドルをとられて前方に投げ出されたところを漫然と進行し急制動等の回避措置をとらなかつた被告車に轢過された。

(六) 結果

亡淳は、同日午後六時四〇分ころ死亡した。

2  被告の責任

被告は、右被告車を所有し、本件事故当時自己のため運行の用に供していたのであるから、右事故によつて生じた次の損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 葬儀費用 金五〇万円

原告らは、亡淳の葬儀を行ない、その費用として各自金二五万円以上を支出した。

(二) 逸失利益 金六〇八八万六三四一円

(1) 亡淳は、昭和三七年三月二四日生れの男子で、本件事故当時健康で、予備校に通学し来年には何れかの大学に確実に入学するはずであつた。従つて、本件逸失利益は、亡淳の大学卒業予定時(昭和六〇年)の二三歳から六七歳までの四四年間につき、次のとおり推認される大学卒男子労働者の平均給与額金五三一万二二四九円を基礎として算定されるべきである。

(2) すなわち、昭和五一年から昭和五六年までの大学卒男子労働者の企業規模計の平均給与額は次のとおりである。

昭和五一年分 金三一七万六三〇〇円

昭和五二年分 金三四六万七三〇〇円

昭和五三年分 金三六九万五三〇〇円

昭和五四年分 金三八二万三四〇〇円

昭和五五年分 金四一〇万八七〇〇円

昭和五六年分 金四三七万〇四〇〇円

以上のとおり、大学卒男子労働者の企業規模計の平均給与額は、昭和五二年から昭和五六年まで継続して年間平均六・六一パーセントの上昇を続けていることが明らかである。従つて、昭和五七年以降も少なくとも右平均上昇率の範囲内である年間五パーセントは上昇するものと推認される。そこで昭和五六年の右給与額を基礎に順次年五パーセントを加算してゆくと昭和六〇年の大学卒男子労働者の企業規模計の平均給与額は金五三一万二二四九円となる。

(3) よつて、亡淳の逸失利益は、同人が二三歳になつてから六七歳になるまでの間、本来は毎年五パーセントずつ上昇せしめた平均給与額をもつて算定すべきであるが、一応昭和六〇年における右金五三一万二二四九円をもつて固定して、五割の生活費控除と四四年間のホフマン係数値二二・九二三をもつて算出すると、亡淳の逸失利益は金六〇八八万六三四一円となる。

(三) 慰謝料

(1) 亡淳の慰謝料

亡淳の慰謝料は金六〇〇万円が相当である。

(2) 原告らの慰謝料

原告らは、亡淳の父母であるが、亡淳を本件事故によつて失い、その失望、悲嘆は大きい。従つて原告らの各慰謝料は各金三〇〇万円が相当である。

(四) 原告らは、本訴の提起及び遂行を原告訴訟代理人らに委任し、その着手金及び報酬として各金五〇万円を支払うことを約した。

4  原告らは、亡淳の父母であり、それぞれ亡淳の前項(二)及び(三)(1)の損害賠償請求権を二分の一ずつの割合で相続した。また、前項(一)については二分の一ずつ出捐した。

5  原告らは、本件事故による損害の填補として、自動車損害賠償保障法に基づく保険金一六〇〇万円の給付を受け、それぞれ金八〇〇万円ずつ受領した。

よつて、原告らはそれぞれ被告に対し、損害金二九一九万三一七〇円のうち金五五〇万円及びこれに対する本件事故発生日の後である昭和五五年一二月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(四)及び(六)は認める。同(五)のうち被告が漫然と進行し急制動等の回避措置をとらなかつたことは否認し、その余は認める。

2  同2のうち、被告が被告車を所有し、本件事故当時自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

3  同3は知らない。

4  同4は知らない。

5  同5は認める。

三  抗弁

本件事故は、亡淳が被害車両を急制動して転倒し、同人の体が被告車の直前に投げ出されてきたために発生したもので、同人の過失に起因するものであり、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、被告に損害賠償責任はない。

仮に、被告にも過失があつたとしても、亡淳の右過失を考慮すると少なくとも八割の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)ないし(四)及び(六)は当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証によれば亡淳の死因は脳挫傷であつたことが認められる。

二  同2のうち、被告が被告車を所有し、本件事故当時自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

三  免責の抗弁について

1  昭和五六年二月二一日当時の本件事故現場付近の写真であることに争いのない甲第七号証、成立に争いのない乙第二号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、別紙図面のとおり千葉県船橋市高根町方面から同市三咲町方面に通じる幅員六メートルのアスフアルト舗装の道路上であり、被告の進行方向からみると右に大きくカーブしているため前方の見通しは悪い。本件事故当時、指定最高速度は毎時三〇キロメートルであり、天候は晴で路面は乾燥していた。

(二)  亡淳は、当時東京都内の大学受験予備校に通学しており、当日も通学のためヘルメツトを着用し被害車両を運転して自宅から国鉄船橋駅に向かう途中、本件事故現場にさしかかつたが、かなりスピードが出ていたため被害車両の車体を傾けながらカーブを進行していつた。

(三)  他方、被告は、当時勤務先に出勤するため被告車を運転し、時速約四〇キロメートルで三咲町方面に向け進行し、本件事故現場に差しかかつたところ、別紙図面〈1〉点で〈ア〉点を走行してきた被害車両を発見し、〈2〉点まで進行すると被害車両は〈イ〉点にあつてブレーキをかけながらカーブを大曲わりしてきたので、被告車を減速し、〈3〉点まで進行すると被害車両が車体を傾け過ぎついに〈ウ〉点で横転し、亡淳が被告車に背中を向けるような状態で被害車両と共に滑走してきた。そこで被告は被告車を急制動したが〈×〉点で衝突し、さらに約五・七メートル進行し、左前輪が道路の縁石にぶつかつて停止した。被害車両は被告車によつて反対車線に飛ばされ、亡淳は被告車に衝突地点から五・七メートル押し戻されて〈エ〉点に止まり、亡淳の着用していたヘルメツトは衝突地点から一三・五メートル離れた〈ヘ〉点まで飛ばされた。

以上の通り認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、被告車の速度については、甲第四号証には時速五〇ないし五五キロメートル、乙第一号証には時速五〇キロメートル、乙第五号証には時速六〇キロメートルの各記載があるが、被告本人尋問の結果によれば、右各証はいずれも原告らにおいて自賠責保険金の請求手続を有利に進めるために特に被告の了解を得て作成されたものであることが認められるから、右各証は被告車の速度についての前記認定を左右するものではなく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、成立に争いのない乙第三号証によれば、運転者が進路上に出現した危険状態を認識し、アクセルペダルに足を踏み替えるまでの時間(いわゆる空走時間)は、運転者の注意の程度や身体の状態等によつて異なるものであるが、運転者が危険に直面したらブレーキをかけようと常に用意している場合には〇・六秒ないし〇・八秒であり、この間は自動車は従来の速度のまま進行を続けることが認められ、前記三1に認定した通り、被告は被害車両が横転する前からその動行に注意して被告車を減速したのであるから、本件の場合空走時間は〇・六秒とみてよい。そして、前記指定最高速度の毎時三〇キロメートルで走行していれば、空走距離は四・九メートル、制動距離は六・三一メートルとなるから、被告が急制動して被告車が停止するまでに要する距離は一一・三〇メートルとなる。さらに、被告は前記1に認定したとおり、被告車を急制動する前から減速していたのであるから、右被告車が停止するまでに要する距離は一一・三〇メートルよりもさらに少し短かくて済んだはずである。そうすると、被告が指定最高速度毎時三〇キロメートルを遵守しておけば、衝突地点より少なくとも〇・五メートル手前で被告車を停止させることができたものというべきである。

3  もつとも、仮に被告車が衝突地点の手前で停止したとしても、亡淳が衝突地点を越えさらに進んで行つた可能性は否定できないから、結局亡淳との衝突は避けることができなかつたかも知れないが、少なくとも亡淳を衝突地点から五・七メートルも押し戻すことはなかつたはずである。

ところで、前認定のとおり亡淳は被告車との衝突により着用していたヘルメツトを飛ばされ、五・七メートルも押し戻されたことによつて脳挫傷の傷害を負わされたものとみるべきで、仮に亡淳が横転して滑走し、停止中の被告車に衝突しただけであれば、死亡するまでには至らなかつたものと推認するのが相当である。

よつて、被告にも亡淳の死亡と因果関係のある過失があつたものというべきであるから、免責の抗弁には理由がない。

四  過失相殺について

前記三1に認定したところによれば、本件事故は、亡淳が高速度で進行し、カーブを曲がるにあたつてブレーキをかけながら車体を傾け過ぎたため横転し、そのまま反対車線に進入したことが最大の原因であるが、被告にも指定最高速度を約一〇キロメートル超過して走行していた過失があり、その他前記認定の諸事情を考慮すると、亡淳と被告との過失割合は、前者が八割、後者が二割と認めるのが相当である。

五  損害について

1(一)  葬儀費用

原告秀一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡淳の葬儀を行ないその費用を出捐したことが認められるところ、証拠上現実に要した額は不明であるが、社会通念上、少なくとも金五〇万円を下らなかつたものと推定されるから、原告らは少なくとも各金二五万円の損害を受けたものと認められる。

(二)  逸失利益

(1) 原告秀一本人尋問の結果、これにより原本の存在と成立の認められる甲第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、亡淳は昭和五五年三月千葉県立船橋東高等学校を卒業し、大学進学の希望を有していたが、同年は志望大学に入学できかなつたため、同年四月から大学受験予備校に通つて意欲的に受験勉強に励んでいたこと、原告らも、原告秀一が東北大学経済学部卒業の学歴を有していたため、亡淳に対しても大学進学の希望を是非ともかなえさせてやりたいと考えていたことの各事実が認められ、右各事実によれば亡淳は本件交通事故に遭遇しなければ、昭和五六年四月にはいずれかの大学に入学し昭和六〇年三月には大学を卒業することができたものと推認できる。

(2)(イ) 次に、原告らは、亡淳の逸失利益を算定するに当たり、大学卒男子労働者の企業規模計の平均給与額は、昭和五六年は金四三七万〇四〇〇円であり昭和五二年から昭和五六年まで継続して年間平均六・六一パーセントの上昇を続けており、昭和五七年以降も少なくとも年五パーセントは上昇するものと推認されるから、昭和六〇年の大学卒男子労働者の企業規模計の平均給与額は金五三一万二二四九円となり、右額を基礎とすべきであると主張する。

確かに、成立に争いのない甲第一七ないし第二二号証の各一、二によれば、大学卒男子労働者の企業規模計の平均給与額は、昭和五一年は金三一七万六三〇〇円、昭和五二年は金三四六万七三〇〇円、昭和五三年は金三六九万五三〇〇円、昭和五四年は金三八二万三四〇〇円、昭和五五年は金四一〇万八七〇〇円及び昭和五六年は金四三七万〇四〇〇円であつたことが認められる。

しかしながら、以上の認定事実から右平均給与額が、昭和五七年以降も少なくとも年五パーセント上昇するものと推認することはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従つて、原告らのこの点に関する主張はその前提を欠き採用できない。

(ロ) 右(イ)に認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、亡淳は、本件事故に遭遇しなければ大学卒業後である満二三歳から満六七歳に達するまでの四四年間稼働可能であつたものと認められるので、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・旧大新大卒の男子労働者の全年齢平均賃金額である金四三七万〇四〇〇円を基礎とし、そのうち生活費として五割を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右四四年間の逸失利益の死亡時における現在価額を算定すると、次の計算式のとおり、金四三八一万七四一一円(一円未満切捨て)となる。

4370400×(1-0.5)×(24.4162-4.3643)

(三)(1)  以上に認定した本件事故の態様、結果、亡淳の年齢、将来性、その他本件に顕われた一切の事情を総合すると、亡淳が本件事故により受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額としては金六〇〇万円が相当と認められる。

(2)  原告秀一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは本件事故によつて亡淳を失い、筆舌に尽しがたい苦痛を受け、右苦痛から逃れるため、原告寛子は昭和五五年一一月に、原告秀一は昭和五六年四月にそれぞれカトリツク教の洗礼を受けるなどしたことが認められ、このような事情に鑑みると原告らの右苦痛を慰謝するための慰謝料額としては各金三〇〇万円が相当である。

2  成立に争いのない甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡淳の実父母であり、亡淳の前記損害賠償請求権をそれぞれ二分の一ずつ相続したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上によれば、原告らの各損害額は、各金二八一五万八七〇五円であり、右金額に前記過失相殺による八割の減額をすると各金五六三万一七四一円となる。

4  請求原因5は当事者間に争いがない。

そうすると、原告らは、本件事故によつて受けた損害は全て填補されたものというべきであるから、被告に対する各損害賠償請求権も消滅したものというべきである。

従つて、弁護士費用についても、本件事故と相当因果関係のある損害と認めうるものはない。

六  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小見山進)

別紙図面

〈省略〉

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